白と影

徒然なるままにヲタ暮らし

舞台『フランケンシュタイン』

11/22(怪物:東山紀之、博士:坂本昌行)公演についての覚え書きです。

一回のみの観劇では、詳細を書けるまでに至らなかったのでキーワードをただただ書き並べて全体の振り返りとします。

【ざっくりしたキーワード】

ドームのような形をした舞台(子宮・地球・世界のようなイメージ)に球体がつるされている。
開幕(幕はないが)照明に照らされてうごめく怪物。誕生。
雷鳴。(音響(SE)全般が打楽器生演奏)
裏切り。基本的信頼感の欠如。
町へ出るも怪物は受け入れられない。迫害。
回転する舞台。(小物の入りハケの仕方がスムーズで面白い)
森。森の恵み。人間のまね。
よそ者の家。盲目の老人。束の間のやすらぎ。
裏切りの炎。『彼』の弟。かくれんぼ。湖に浮かぶ遺体。日記帳。
怪物と博士の再会。花嫁を作る。違えた約束。
結婚式。
同情。復讐のための凌辱と殺害。
『失敗作』
狂気の沙汰。

 

【感想の経過など】

見た直後の感想の経過
坂本君足長かった。
近くの席の人が『ヒガシは感情の欠落した役が似合いすぎる』って言ってたけどもう頷くしかない。
東山さん演じる怪物の無垢さが狂気すぎてこわい。
うん…美しかったね…(結論)

ちょっと落ち着いてからの感想
うまれたばかりの東山怪物は生まれたての小鹿的な動きがあまりに美しすぎてあれは舞踏。
思い出すほどに、東山怪物の生まれ落ちたあとも胎児みたいな無垢さゾッとくる。
東山怪物が純粋無垢の狂気だったように東山博士は生まれつき色々欠落してそうで、坂本博士が人間として歪んでいったように坂本怪物はされど人である苦悩に縛られているのでは、とそれぞれの前者の配役しか見ていないものの妄想してみたり。

→感想をチラチラ探してみるとこの妄想が大体あっていた模様でして、『生まれてから成長しひとになるのが坂本怪物、空っぽのUSBに次々と新しい情報がインストールされるのが東山怪物』というような表現をお見かけして「それだ!!!」って思いました。


【萌える方向で振り返ってみた個人的な感想】
昨今観た舞台作品の中でいうと(劇シネで観ましたが)、シレンとラギ(劇団☆新感線)的な重さ…。
シレンとラギより多少ショッキングでグロかったり(血飛沫、墓場荒らして手にいれた人体パーツが並ぶ場面など)もするんですが。

<花嫁についてのくだり~ラストシーンにかけて>

(前略)
怪物:私はあまりに孤独だ(略)せめて伴侶をくれ、そうすればお前の前から姿を永遠に消そう。
(中略)
博士:まだ魂は入っていないがこれがお前の花嫁だ(略)
怪物:さぁ早く魂を…!

カーテンの奥に女性型人造人間とともに奥に引っ込む博士。直後、セロリ音(ザシュッ!音)とともにカーテンに血飛沫が散る(3回)

怪物:何をする!
博士:彼女を渡すわけにはいかない…お前は愛を知っている彼女を愛し繁殖しこの世に怪物を生み出し続けるつもりか?!


補足。順番がとてもあやふやで申し訳ありませんが、上記のやり取りの前後に

(前略)
怪物:(怪物が殖えたらどうするのかと問われ)ならば私が王になり彼らを統べよう!

(略)
怪物:約束を破った貴様を私は許さない!

のような部分があったかと思います。

このあと怪物は消え血みどろの博士が発見される。
博士は延期していた結婚式を早め、復讐の機会を狙う怪物をおびき寄せるも自分の花嫁を目の前で犯し殺され、怪物は再び消え、博士は家族に気違い扱いされ、父親に『失敗作』だと呼ばれる。
場面は変わり、雪山(北極?南極?)で博士と怪物のラストシーン。

<ラストシーン>
私はこのラストシーンをハネムーンと呼んでいますが…
以下、ラストの『ひとじゃないものとひとを捨てたものが死への旅に互いを道連れにする感じで光のなかに消える』場面に至るまでの間で印象に残ったセリフ。

ラスト付近の怪物と博士の台詞をざっくり抽出(順不同・曖昧)

怪物:そうだ!さぁ俺を壊せ壊してくれ!お前に死ぬことは許されない!さぁ俺に死を教えてくれ…!!
怪物:お前と私、二人でひとつだ

博士:お前は愛することを知っている
博士:だが私の中には憎悪しかない…

博士の求めに怪物与えすぎ。
俺を受け入れろと全身全霊で叫び博士に迫る怪物。怪物の存在にお前さえいなければと自分で作っておきながら憎悪してる博士。
共に生きようでもなく一緒に死のうでもなく、貴様は私の道連れだby怪物
博士が世間に認められたくて生み出した人造人間怪物という具現化された承認欲求が、自ら意思をもって博士の承認欲求を満たしに来るんだぜ…
相思相愛だぜ…

大体気違い扱いされたあと精神病院送りにされていそうな博士を私と来ないか的に怪物が雪山旅に引っ張り出すくだりが見えないところにきっと…あったんだ…きっと…
(っていう具合に観終わった後、友達に感想を伝えました)

<父息子問題>
NWNTを観て、七つの会議を見て、フランケンシュタインを観に来た感じだったのでなんだかずっと父と息子を見ていた気がする2013年(印象)

博士側のこじれ(メモ程度)。
母を亡くした後、年の離れた弟が父に溺愛され自分はやがてひねくれ学者になり『嗚呼あの頃の(今のお前の弟の様に)可愛かった私の坊やは何処へいってしまったのだ帰ってきてくれ』って父に言われ続け、最後の最後に『失敗作』と呼ばれる。
ちなみに弟は怪物に見せしめとして殺される(怪物曰く、こうしなければお前と再会することはできなかっただろう?)

フランケンシュタインのときめくポイントをザックリ伝えて!と問われたらば私はひとまず、ポスター・中の人の同士の関係性・父息子・ラストシーンの4つを挙げます。
ザックリしすぎです。


【真面目な感想】
リアルタイムであれこれメモを書き出しているとき、美しいなぁ、これを台本で読むととても血の通った物語なんだろうなぁ。と感じました。
休憩なし2時間強がとても長く感じる内容で、私自身は観終わった後どっぷり10日間くらい落ち込んだ方なので、2週間おきくらいなら是非どちらの配役も観たかったかなぁ…。

 

最後に。全体的に男性(というか主に父息子)の存在感が強い印象でしたが女性が印象的だった場面。

生命を自ら作り出す方法を編み出したことがどんなに科学的に素晴らしい画期的で先進的な発明であったかと語る博士に対し、

(博士の許嫁):人間(生命)をつくる?それならわたしとつくればいいことでしょう?古今東西それが自然で当たり前の営みでしょう?

 

(台詞詳細はちょっとあやふやですが…あーたぶん、女には分かるまい的なことしきりにいう博士的にはそういうことじゃないというか、なかったんだろうなァ…って思いました)

 

フランケンシュタイン』は、他の方の感想を色々聞いてみたい劇作品のひとつでした。

あと、東京グローブ座で舞い踊る自担は観れなかったんですけれど、年内に東京グローブ座の空気吸えてよかったです!(…)